俺自身の休憩室

徒然なるままに…

弥陀の浄土へ

令和元年11月22日11時22分に親父が逝ってしまった。多発性骨髄腫と診断されてから17年。余命2年と宣告されたが、ここまで頑張った。何度も抗がん剤の治療を繰り返し、体調の良いときは農作業や書道、ゴルフを楽しんでいたが、1年半前に腰椎を病的骨折してからは病院と施設での生活だった。比較的穏やかに暮らしていたが、3週間ほど前に肺炎を患い、地元の病院に入院。前日まで話したり食事をしたりしていたのだが、朝に様態が急変し、そのまま急逝。最期は妻と下姫が看取ってくれた。

葬儀場で最後の家族写真。不謹慎という方もいるかもしれないが、これが俺たち流だ。きっと親父も喜んでくれていると信じている。 

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葬儀は地元のシティーホールで。お袋が何度も親父に語り掛けていたのが心にしみた。

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葬儀場の片隅に、楽しかった正月の写真を飾った。

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自宅では、皆さんからお供えいただいた生花に囲まれ、俺たちの下手な御詠歌を笑いながら聞いてくれていることだろう。
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 最後まで親孝行できない息子であったことを切に反省しつつ、極楽浄土から見守ってくれることを祈念する。82歳の生涯、お疲れさまでした。心から感謝している。